運とは何か? 運とはその時のその人にとって「思いがけない最適なモノ」を”引き寄せ、実現させる力”のことです。
ギャンブルや宝くじなどに当たることはもちろん「運」が良いからですが、天文学的な確立で宝くじの一等を当てるのはそれは「時の運」「地の運」「人の運」「天の運」が重なったときだけでしょう。
さて、ここでアナタはお気づきでしょうか。単純に「運」と言っているものの中にはギャンブルのように「自分で作ることが出来る運」と「天からもたらされる運」があるということに。
心理学では「運は自分で作れる」とも言います。「運は自分で口説くもの」というような格言も《自分の行動によって運を作る》という考え方に基づくものです。
この記事を書いているGurun的にはこの論はもっともだと考えますし、スピリチュアルカウンセリングを受ける人にも、それとなく「運がよくなる考え方」「運を味方につける行動」をお伝えしています。
それでは運がよくなる考え方とその行動はどんなものかというと……
「占い師の先生が教えるんだから、きっと特別な方法に違いない!」と思われた方に対しては非常に申し訳ない回答ですが、これが「基本」となる運を引き寄せる考え方です。
1~4までの考え方は脳科学的な「運が良い自分を作る思考術」で、5~7の行動は「確率論的に幸運を引き寄せる方法」です。
5~7の幸運を引き寄せる方法は、詳しく説明する必要はないでしょう。
話は非常に簡単で「1/2」で当たるコイン投げで表を当てるまでに、何回コインを投げるかの違いでしかありません。
当然ですが、コインを投げる回数が多ければ多いほど「表」が当たる可能性が上がります。ここで1回目で当たるか、100回目で当たるかは後で解説する「天運」にほかなりませんが、少なくともコインを投げ続けていればいつかは表が出ます。
つまり、自分で幸運を作るためには「諦めずに挑戦し続けること」が大前提として必須なのです。
次に1~4の考え方は「キレイごと」に思えるかもしれませんが脳科学や心理学、潜在意識的な考え方として正しい考え方であり、これがないといくら運が良い人であっても、その運を腐らせてしまいます。
それはなぜか? ハッキリ言ってしまうと「私たちは見たいものしか見えない」という脳のメカニズムがあるからに他なりません。
アナタは次の絵がどんな風に見えるでしょうか?
上記は「ルビンの壺」と言われる、だまし絵の一種です。
人によっては『向き合う男女』に『細長い壺』に見えます。どちらに見えていても構いません。
ここで説明したいのは『向き合う男女』と『細長い壺』は、同時には見えないということです。
どちらも「絵」です。もっと言うなら白と黒の画像ですが、そこに私たち人間”意味”を見出します。
ただし、私たちがその絵に見出す意味は『向き合う男女』と『細長い壺』を同時に認識することが出来ません。
それを踏まえて、次の質問に答えてみてください。
500円の宝くじを買って、アナタは1000円が当たりました。
しかし、アナタの目の前の人は100万円が当たった――。
この時のアナタは運が良いでしょうか? それとも悪いでしょうか?
この時に「やった1000円当たった!」と思い目の前の人に対して「おめでとうございます!」と素直に言える人は幸運思考です。
逆に「自分は1000円しか当たらなかったけれど、順番が違っていたら100万円が当たったのに!」と悔しがり。「やっぱり自分は運が悪い」と思う人は不幸思考です。
もちろん、見方によれば不幸かもしれませんが、少なくともアナタは損をしていないのですから、宝くじを買わなかった人や宝くじに外れた人よりは”幸運”です。
このように「ある特定の事柄」に対して、幸運なのか不幸なのかを決めるのは、個人のさじ加減と見方に過ぎないということ。
言ってしまえば、日常的な「幸運」「不運」は自分の考え方1つでいくらでも修正が可能であり。心理学的に言えば「幸運も不幸も思い込み」でしかありません。
それならばいっそ「自分は幸運だ!」と思って生きた方が建設的です。
ただし、これは西洋的思想であり、東洋思想では考え方が微妙に異なります。
それは宝くじが当たる自分になるように天を味方につければ良い、という考え方です。
「宝くじが1000円当たる人」と「宝くじが100万円当たる人」の違いこそが、これから語る”天運”の部分です。
それは「身内の理不尽な死」や「災害に巻き込まれてしまう」など、誰が見ても「不幸だ」というような相対的な不幸からも守られ、自然と良い縁や良い仕事が引き寄せられてくる《引き寄せ力》のメカニズムそのもの。
次のページでは東洋思想的な幸運を引き寄せ、天に愛される生き方を説いていきます。